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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)4439号 判決 1987年11月17日

原告

永田健二

被告

水本彰

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二二一万四三六三円及びこれに対する昭和六〇年二月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下本件事故という。)の発生

(一) 日時 昭和六〇年二月一〇日午前一一時五五分ころ

(二) 場所 大阪市浪速区日本橋西二丁目三番一七号先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(姫路五六に九四五七)

被告運転

(四) 被害車 第一種原動機付自転車(大阪市阿い八六二〇)

原告運転

(五) 態様 東西に走る道路の交差点入口に一時停止の標識がある信号機の設置されていない交差点において、原告が、南北に走る道路を北から南へ走行し、右交差点に差しかかつたところ、東西に走る道路を東から北へ右折して来た被告が右交差点に進入し、加害車右前部が被害車前部に衝突し、原告は被害車とともに転倒した。

2  責任原因

被告は、本件交差点進入時、北から南に直進して来ていた原告を事前に発見したのであるから、原告と被告の位置、速度等を考慮してその安全を確認しながら右折すべきところ、原告より先に右折進行できると判断して漫然と右折進行した過失がある。

3  受傷及び治療経過等

(一) 受傷

頭部外傷Ⅱ型、頸部捻挫、背腰部捻挫・打撲、右大腿・膝・下腿挫傷、第四・第五腰椎外傷性椎間板ヘルニア、外傷性バレリユー症候群、失神発作、外傷性歯根膜炎、ブリツジ破損。

(二) 治療状況

原告は、富永脳神経外科病院(以下富永病院という。)に、昭和六〇年二月一〇日から同年三月三一日まで五〇日間入院し、同年四月一日から同年一二月三一日まで通院(実日数一七八日)し、また、原歯科医院に、通院(実日数四〇日)し、一四歯以上に補綴を加えた。

(三) 後遺障害

(1) 原告は、昭和六〇年一二月三一日、症状固定の診断を受けたが、症状固定後も腰部及び頸部の激痛、しびれ、めまい、ふらつきが軽減せず通院加療を継続し、昭和六一年一〇月一日以降、富永病院に再入院している。椎間板ヘルニアは将来手術が必要である。原告は、本件事故前、プラスチツク成型板加工を業とする会社に日中と夜間及び休日に分けて二社に勤務していたが、その業務は、図面の解読から重い資材の持ち運び等を要し、精密作業から肉体労働まで要するもので、前記の如き障害があると、図面が読めず、重量物の運搬ができず、また、めまい、ふらつきが出ると、作業所内はすべりやすいプラスチツクの破片が氾濫していて危険なため、現在も復職不能である。現に、雇用主から、危険なため、完全に治癒するまで復職を拒否されている。右障害は、右業務のみならず他の労務の支障にもなることは明らかであり、就労可能な労務は相当程度制限される。右によれば、右障害は、自賠法施行令二条別表(以下別表という。)の後遺障害等級九級一〇号に該当する。しかしながら、自賠責保険の関係では、腰部損傷につき別表一二級一二号、頸部損傷につき別表一四級一〇号と認定された。

(2) 歯に対する後遺障害として、自賠責保険の関係で別表一〇級三号と認定された。なお、原告は、本件事故前から五歯が欠損し、その既応障害は別表一三級四号にあたる。

(3) 原告は、本件事故直後から目がかすみ、視力が右〇・二、左〇・一に低下した。これに対し、自賠責保険の関係では後遺障害として認定されていないけれども、これは判断の脱漏であつて、別表九級一号に該当する。

(4) 以上によれば、原告の後遺障害は、別表併合八級に該当し、その継続期間は少なくとも一〇年である。

4  損害

(一) 治療関係費

(1) 治療費 四一四万九八九五円

(2) サウナ代 三万六五〇〇円

腰部及び頸部の治療に、医師からサウナ入浴治療を勧められ、昭和六〇年五月一日から同年一二月二〇日までの間三〇回分。

(3) 入院雑費 五万五〇〇〇円

一日一一〇〇円宛五〇日分。

(4) メガネ、ステツキ代 五万九二〇〇円

(5) 文書料 五〇〇〇円

(6) 通院交通費 一五万一〇二〇円

(ア) 富永病院 六万三二〇〇円

一日四〇〇宛一五八日分。

(イ) 大阪赤十字病院(眼科) 一二〇〇円

一日四〇〇円宛三日分。

(ウ) 原歯科医院 一万二〇〇〇円

一日三〇〇円宛四〇日分。

(エ) 桃山病院 一二〇〇円

一日四〇〇円宛三日分。

(オ) 大阪労災病院 四〇〇円

一日分四〇〇円。

(カ) タクシー代 七万三〇二〇円

症状、天候の悪い時など四〇回分。

(二) 休業損害 四三四万九〇五四円

日中勤務の田中プラスチツクにおける事故前三か月の平均月収二二万一九七〇円、休日及び夜間勤務の今西ビニール工業所における同様の平均月収一八万六六六六円を算定の基礎として、昭和六〇年二月一〇日以降症状固定した同年一二月三一日までの分。

(三) 後遺障害による逸失利益 一四〇二万五三六三円

後遺障害等級併合八級の労働能力喪失率四五パーセントから歯の既存障害一三級の労働能力喪失率九パーセントを控除し、一〇年間継続として算定した。

22万1970(円)+18万6666(円)=40万8636(円)

40万8636(円)×12(月)×(0.45-0.09)×7.945=1402万5363(円)

(四) 慰謝料 六三四万円

原告は、長年プラスチツク等の成型業に従事し、成型工としての専門技術を習得していたところ、本件事故のため、従来の職業を続けることができず、将来に亘つても長年培つて来た知識と経験を生かすことができなくなつた。右は、単に経済的のみならず、生きがいともいうべき職業を奪われ、四〇台半ばをすぎてからの単純な職種への転職は、精神的にも大きな打撃である。将来の収入不安定のため子供と離別せざるをえず、事故後妻も死亡し、原告の家庭は崩壊した。長期の入通院及び前記後遺障害による肉体的、精神的苦痛は多大である。

(五) 弁護士費用 一〇〇万円

よつて、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故による損害賠償の内金として、一二二一万四三六三円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和六〇年二月一〇日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、いずれも認める。

2  同2は認める。

3  同3(一)のうち、腰椎椎間板ヘルニアは否認し、その余は認める。同(二)は認める。同(三)(1)のうち、腰部損傷につき別表一二級一二号、頸部損傷につき別表一四級一〇号と各認定されたとの点は認め、その余は不知、同(2)は認め、同(3)(4)はいずれも否認する。なお、原告の症状は、昭和六〇年一〇月七日時点で固定していたものである。

4  同4のうち、(一)の(1)及び(4)は認め、その余はいずれも不知。なお、原告が今西ビニール工業所に勤務し、同所から月額二〇万円近くの収入を得ていたとは考え難い。仮に、右が認められるとしても、同工業所における原告の仕事は、従業員の指導監督であり、原告の症状によつて影響を受けるものではない。また、原告に腰椎椎間板ヘルニアは存在せず、腰部の頑固な神経症状は認められず、歯に関する後遺障害は労働能力の喪失に影響しない。仮に、腰椎椎間板ヘルニアが存在するとしても、後遺障害による逸失利益は、最大限、別表一二級として算定すべきである。

三  抗弁

1  原告は、ヘルメツトを着用せずに被害車を運転し、前方を注視せず、速度を減速しないまま本件交差点に進入した。右によれば、少なくとも三〇パーセントの過失相殺をすべきである。

2  原告の頸椎には、経年性の変形(第四、第五頸椎間の角彎形成)があり、これが原告の後遺障害に影響を与えている。また、原告の症状には明瞭な他覚的所見がなく不定愁訴が多いところ、右は原告の心因性要素に基づくものである。右事情を考慮すれば、本件事故による原告の損害についての被告の責任は七〇パーセントをこえるものではない。

3  被告の原告に対する既払額は、合計一三五三万六〇八九円である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。すなわち、原告の走行していた南北の道路は被告の走行していた東西の道路のほぼ二倍の幅員を有する明らかに広い道路であり、かつ、東西の道路の本件交差点手前には一時停止の標識があるから、被告には、南北の道路を通行する車両等の進行を妨害してはならない義務がある(道路交通法三六条)。原告は、被告において被害車が本件交差点を通過するまで待機するものと信頼するのが当然であつて、過失はない。また、原告は、ヘルメツトを着用していなかつたけれども、原告は頭部に傷害を受けていないので、ヘルメツトの不着用と本件事故による原告の受傷及び損害の発生との間には因果関係がない。

2  同2は否認する。

3  同3は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

三  受傷、治療経過及び後遺障害

1  請求原因3(一)のうち、第四・第五腰椎外傷性椎間板ヘルニアを除き、当事者間に争いがない。右争いのない受傷のほか、原告が本件事故により、第四・第五腰椎椎間板ヘルニア(外傷性)の傷害を負つたことは、いずれも成立に争いのない甲第三号証の一、二、乙第二七ないし第二九、第三二ないし第三六号証及び原告本人尋問の結果により認めることができ、乙第三号証によつては未だこれを否定するに足りないことは後記で検討するとおりであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  請求原因3(二)の事実は、当事者間に争いがない。

3  請求原因3(三)(1)のうち、腰部損傷につき別表一二級一二号、頸部損傷につき別表一四級一〇号と各認定されたこと、同(2)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

4  ところで、原告は、腰部及び頸部の後遺障害は、別表九級一〇号に、また、視力低下の点は、別表九級一号に各該当するので、原告の後遺障害は、併合して別表八級に該当すると主張するので、以下検討する。

(一)  後遺障害に関する証拠関係の検討

(1) 前記甲第三号証の一、二及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる同号証の三は、原告が受診していた富永病院医師犬塚楢夫(以下犬塚医師という。)作成の後遺障害診断書であるが、右書証によれば、原告の後遺障害の症状固定は昭和六〇年一二月三一日とされ、他覚症状及び検査結果として、「頸椎X1P~生理的前彎が消失し、第四、第五椎体間に角彎形成が認められ、後屈で制限傾向が認められる。腰椎X1P~鈍痛によると思われる側彎傾向。」、頸及び腰神経症状に関し、「筋電図~第六頸神経及び第二、三、四腰神経にかなり明白な筋電図異常を認める。ミエログラフイ~アミパークミエログラフイにおいて第四、第五腰椎間に側面像で前方から脊椎管への明白な突出像が認められ、程度は著明ではないが椎間板ヘルニアが明らかに認められる。」、「大後頭神経、大耳介後神経、肩甲上神経、前斜角筋部、すべて、その圧痛点に放散性圧痛を両側性に認める。その程度は左でかなり著明である。傍腰椎部でも両側性に放散性圧痛を認める。大後頭三叉神経関連痛としての三叉神経第一枝に両側性に圧痛(頑固な鈍痛が続いており、頸、腰部の神経ブロツクを施行した。)」、「まとめ~頭頸部、腰部中心に強い頑痛が続いており、右下肢では、知覚が振動覚(深部知覚)の減弱が認められる。又、平衡機能障害も続いている。現在も杖を使用しての歩行状態で長距離歩行困難もある。肉体的重作業は当然ほぼ困難で肉体的作業の能力も低下している。」、「備考~事故後約一〇ケ月を経過し症状固定と考えるが、頑痛が続いており治療なしでは軽作業にも障害が考えられ、対症療法に関しては症状固定後も私病として必要ではないかと考える。椎間板ヘルニアに関しては、増悪すれば手術が必要なことも考えられる。」等との記載がなされており、自覚症状については原告本人が記載したものであるが、それによれば、「頭痛、頭が重い、頭をささえる事が出きにくい、肩こり頸筋の痛み、耳鳴り両肩のつけねの痛み、前後左右の運動をするとめまいふらつき立ちくらみが多い、ひどい時には頸から足までつつぱりあるく事が出きない、両うでを上にあげるとつけねが痛い、手まくらをしてねる事ができない、右足のつけねから下親ゆびまでしびれと痛みのくりかえし、げんろくの皿の神経が痛む、右親ゆびがしびれと痛み、背部痛み、腰部痛み、腰の鈍痛みのくりかえし、立つ、かがむ、すわる、走る、あるく、事がむつかしい、右おしりから半体つつぱる、全体の神経がはりをさしたような痛みがある、目がかすみ、とくにつかれやすいが、神経が高ぶつてすいみんがとりにくい、夫婦生活がこんなん、口や文字で表す事は出来ません、頭、頸、肩、腰、背部、足の痛が同じに痛む時はひじようにつらい、足、腰の痛むときはこのままたつことができなくなるかと思う、歯がういて物がたべられない」との記載がなされている。

(2) 成立に争いのない乙第三号証によれば次の事実が認められる。すなわち、前記犬塚医師は昭和六〇年一〇月二日、原告の症状につき症状固定としてよいかどうか、腰椎第四、第五椎間板ヘルニアに椎間板切除術を施行してよいかどうかについての診断を大阪労災病院に対し求めたこと、大阪労災病院では、整形外科の医師土井照夫が同月七日、原告を診察したこと、その診断結果によれば、「1)不定愁訴多い2)神経障害についての明瞭な徴候がない、知覚障害の応答がありますが検査中に部位範囲が変化する、腱反射正常と思います、膝蓋腱反射も異常といえない、筋萎縮はない 3)ミエロ所見は必ずしも異常といえない」とされ、症状固定の点については、保存的にもう少し経過観察した方がよいとされ、手術については、その適用ではないと思う、との回答がなされていることが認められる。

(3) 成立に争いのない甲第一二号証は、昭和六一年一二月一日付の犬塚医師の意見書であるが、これによれば、「頸、腰部のみならず後遺症の中に記載しました様に、頭部、肩、背腰部の頑痛、時には、日常生活にも支障をおよぼす様な疼痛があり、四肢のシビレ、脱力感、歩行困難を生じる様な腰部痛、耳鳴、失神様発作が続いており、61・1・7より頸部に神経ブロツク(これらの神経ブロツクは、注射、そのものは、局注で刺入注入につよい放散性疼痛が伴う治療法で詐病的な患者の場合には、耐え得ない様な治療法であります)を現在に至るまで続けており、又一〇月一日から一一月一三日迄入院加療も施行しています。他覚的には、後遺症時とほぼ同様で現在も労働不能に近い状態が続いていることを証明、認めます。」との記載がなされている。

(4) いずれも成立に争いのない乙第三七ないし第四六号証によれば、原告は、富永病院において、昭和六〇年二月は、肩甲上神経ブロツクを三回、腰部傍椎神経ブロツクを一回、同年三月は、肩甲上神経ブロツクを一回、腰部傍椎神経ブロツクを七回、同年四月は、星状神経節ブロツクを二回、肩甲上神経ブロツクを五回、後頭神経ブロツクを五回、腰部傍椎神経ブロツクを五回、同年五月は、肩甲上神経ブロツクを四回、後頭神経ブロツクを三回、腰部旁脊椎神経ブロツクを三回、星状神経節ブロツクを二回、腰部硬膜外麻酔を一回、同年六月は、腰部硬膜外麻酔を一回、肩甲上神経ブロツク、後頭神経ブロツク、腰部旁脊椎神経ブロツクを各四回、星状神経節ブロツクを三回、同年七月は、肩甲上ブロツク、後頭神経ブロツク、腰部旁脊椎神経ブロツクを各五回、星状神経節ブロツクを三回、同年八月は、肩甲上神経ブロツク、後頭神経ブロツク、腰部旁脊椎神経ブロツクを各四回、星状神経節ブロツクを二回、同年九月は、肩甲上神経ブロツク、星状神経節ブロツクを各二回、後頭神経ブロツク、腰部旁脊椎神経ブロツクを各四回、同年一〇月及び一一月は、肩甲上神経ブロツク、後頭神経ブロツク、腰部旁脊椎神経ブロツクを各三回、星状神経節ブロツクを一回の各ブロツク注射を受けたことが認められる。

(5) 前記甲第一二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、症状固定とされた昭和六〇年一二月三一日以降も富永病院において自費で治療を継続し、昭和六一年一〇月一日から同年一一月一三日まで再入院し頸部、腰部等の治療を受けたことが認められる。

(6) 右(2)によれば、原告の後遺障害の内容は、その愁訴に比し他覚的所見に乏しく、大したことはなく、椎間板ヘルニアも存在しないのではないかとも疑われるところであるが、前記乙第三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、大阪労災病院における診察は昭和六〇年一〇月七日の一日だけであると認められるところ、前記乙第三号証をもつて、原告を継続して診察し、その症状の推移を本件事故発生時から観察している犬塚医師の診断を否定するに足りるとは未だいい難いこと、かえつて、右(1)、(3)ないし(5)によれば、原告の頸部及び腰部には相当程度の疼痛を主とする神経症状が残存していると認めるのが相当である。

(二)  ところで、自賠責保険における後遺障害の等級認定については、労働災害「障害等級認定基準」(以下労災基準という。)に準拠して取扱うこととされている(昭和五一年一月一九日医調五〇―二五五号自動車保険料率算定会医療費調査部長通知)ので、当裁判所も右労災基準に準拠して検討することとする。

(1) 右基準によれば、神経系統の機能又は精神の障害について、第九級は「通常の労働を行うことはできるが、就労可能な職種が相当程度に制約されるもの」、第一二級は「他覚的に神経系統の障害が証明されるもの」、第一四級は第一二級よりも軽度のものが該当するとされている。ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による後遺障害のため従前勤務していた田中プラスチツク及び今西ビニール工業所の勤務を続けることができず、現在はパチンコ店の店員をしていることが認められるけれども、右をもつて就労可能な職種が相当程度に制約されているとは未だいえず、また、前記甲第一二号証中には「現在も労働不能に近い状態が続いていることを証明、認めます。」との記載があるけれども、いずれも成立に争いのない乙第一一、第一二号証によれば、自賠責保険の後遺障害の認定に際しては、顧問医の意見も参考にされて頸部につき別表一四級一〇号、腰部につき別表一二級一二号と認定されていることが認められ、右甲第一二号証をもつて右自賠責の認定を覆えし、原告の後遺障害を別表九級に該当すると認めることは未だできない。そして、後遺障害に関する前掲証拠関係だけでは、原告の頸部及び腰部の後遺障害の程度が別表九級に該当するとは未だ認め難い。

(2) 成立に争いのない甲第四号証によれば、原告は本件事故により視力が低下し、右裸眼視力〇・二、左同〇・一、右矯正視力一・〇、左同一・〇となつたことが認められるところ、自賠法施行令別表備考一号によれば、「視力の測定は、万国式試視力表による。屈折異常のあるものについては、矯正視力について測定する。」とされているので、原告の前記左右矯正視力が別表の後遺障害に該当しないことは明らかである。

(三)  以上によれば、原告には、歯に関するもの以外の後遺障害として、頸部に別表一四級一〇号に該当する局部神経症状が、腰部に別表一二級一二号に該当する局部神経症状がそれぞれ認められ、右後遺障害の症状固定日は昭和六〇年一二月三一日と認めるのが相当である。

四  損害

1  治療関係費 四四五万六六一五円

(一)  治療費 四一四万九八九五円

当事者間に争いがない。

(二)  サウナ代 三万六五〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第八号証各証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、腰部等の治療に医師からサウナ入浴を勧められ、その費用として頭書金額を要したことが認められる。

(三)  入院雑費 五万五〇〇〇円

当事者間に争いのない入院期間五〇日につき、経験則によれば一日一一〇〇円の入院雑費を認めるのが相当である。

(四)  メガネ、ステツキ代 五万九二〇〇円

当事者間に争いがない。

(五)  文書料 五〇〇〇円

弁論の全趣旨により認められる。

(六)  通院交通費 一五万一〇二〇円

当事者間に争いのない前記通院状況、いずれも成立に争いのない甲第四、乙第二、第三号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第九ないし第一一号証各証に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は通院交通費として請求原因4(一)(6)のとおり出損したものと認められる。

2  休業損害 三三〇万八六三三円

成立に争いのない乙第五七号証の一、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第七号証に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故発生当時、田中プラスチツク及び今西ビニール工業所に勤務し、本件事故前三か月間の平均月収は、それぞれ、二二万一九七〇円及び一八万六六六六円であると認められる。しかるところ、原告の受傷部位、程度、症状固定に至るまでの入通院状況等に鑑みれば、原告は、本件事故後二か月間は一〇〇パーセント、その後症状固定まで平均して七〇パーセントの休業を余儀なくされたものと認めるのが相当である。そうすると、原告の休業損害は頭書金額となる。

3  後遺障害による逸失利益 五九一万〇六二一円

前認定した原告の後遺障害の部位、程度、ことに、腰部の頑固な神経症状は本件事故による第四、第五腰椎の椎間板ヘルニアが存在することから生じているものであること、歯についての後遺障害は労働能力の喪失には直接の関係はないと考えられること等に鑑みれば、原告は、症状固定時以降二年間は労働能力の一九パーセントを、その後八年間はその一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そうすると、前認定した本件事故当時の月収額四〇万八六三六円を算定の基礎として原告の症状固定時以降の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると頭書金額となる。

40万8636(円)×12(月)×0.19×1.8614=173万4247(円)

40万8636(円)×12(月)×0.14×6.0835=417万6374(円)

173万4247(円)+417万6374(円)=591万0621(円)

4  慰謝料 四五〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告はプラスチツク関係の加工職人として専門技術を有し、その技術を生かすことのできる職業に就いていたところ、本件事故により今後従前と同様の職業に就くことは不可能となつたことが認められる。右事実及び原告の受傷部位、程度、治療経過、後遺障害の部位、程度等諸般の事情を総合考慮すれば、原告の精神的損害に対する慰謝料は頭書金額とするのが相当である。

五  抗弁について

1  過失相殺

(一)  いずれも成立に争いのない甲第二号証各証及び原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、本件事故発生状況につき次のとおり認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果の一部は措信しない。

(1) 本件現場は、幅員八メートルの東西に走る西行一方通行道路と車道幅員九・五メートル(北行幅員五メートル、南行幅員四・五メートル)の南北に走る道路とが交差する信号機により交通整理の行われていない三叉路であり、東西道路の三叉路交差点入口、すなわち、本件交差点東側には一時停止標識が設置され、東西道路を東から西に進行してきた東両は一時停止すべきものとされている。

(2) 被告は、東西道路を東から西に向かつて時速約二〇キロメートルで走行していたところ、本件交差点を右折するため、前記一時停止線の東側約一〇メートルの地点から右折の方向指示器を点灯させるとともに、一時停止線付近で一時停止して歩道上の歩行者の有無を確認し、そして、当時、南北道路の東側には本件交差点の南北側に連続して駐車車両があり、南北道路の見通しが悪かつたため右へハンドルを切りながら約四・一メートル西進した地点で再度停止したが、まだ左右の見通しが悪かつたのでさらに北西方向へ約一・五メートル進行して一時停止して左右を見たところ、右斜め前方、すなわち、北方約二七メートルの地点を北から南に進行してくる原告運転の被害車を発見したが、自車が先きに右折進行できると考えて時速約五キロメートルで右折進行したところ、自車が北西方向に約三・七メートル進んだ地点で被害車はその北方約七・三メートルの地点に迫つてきたため衝突の危険を感じブレーキを踏んだが、南北道路のほぼ中央で、自車右側部と被害車前部とが衝突した。

(3) 一方、原告は、南北道路の南行車線を時速約二五キロメートルでヘルメツトを着用せず被害車を運転して南進していたところ、東から北へ右折してくる加害車を発見したが、同車が停止してくれるものと思つてそのままの速度で進行したところ、同車が右折進行してきたため、急ブレーキをかけたが間に合わず衝突した。

(二)  右によれば、被告には被害車との安全を確認せずに右折進行した過失が認められ、原告にも加害車との安全を確認せずに直進した過失が認められるところ、右の事故発生状況、ことに、被告は本件交差点に進入右折するに際し一時停止して左右道路の交通の安全を確かめている点、原告は衝突直前まで減速することなく進行した点等に鑑みれば、本件事故発生についての原告の過失割合は三〇パーセントを下回ることはないと認めるのが相当である。なお、ヘルメツト不着用と本件受傷の部位、程度及び損害の拡大との間には因果関係が認められないので、右の点は原告の過失としては斟酌しない。

(三)  そうすると、被告が賠償すべき損害額は、原告の前記損害総額一八一七万五八六八円から三〇パーセント減じた一二七二万三一〇七円となる。

2  損害のてん補 △一三五三万六〇八九円

抗弁3の事実は当事者間に争いがない。

3  右1、2によれば、抗弁2について判断するまでもなく、被告において賠償を要すべき原告の損害額から、すでにてん補を受けた額を差し引くと、もはや原告には被告に対し請求できる金員は存在しないこととなる。

六  弁護士費用

右のとおりであるから、本件事故と相当因果関係にある損害として弁護士費用を認めるのは相当でない。

七  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当であるに帰するからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐堅哲生)

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